お地蔵さんの寺子屋だより

船橋地蔵院副住職・八千代地蔵院住職 英昭 監修

お地蔵さん



ご紹介が遅れまして申し訳御座いません。

地蔵院のご本尊様、南無勝軍地蔵菩薩です。
(お顔はプロフィールを参照)

昔話で親しまれた地蔵菩薩サマも、勝軍地蔵として、多くの武将たちに崇められていたらしい。
お姿はといえば、地蔵の姿をした神像で、甲冑に身をかため、右手に刀を持ち左手に錫杖を持った姿をしている。皆様がよく見かけるお地蔵サマは右手に錫杖を左手に宝珠を持っているのが一般的な地蔵菩薩です。甲冑姿の方が軍神サマ(勝軍地蔵菩薩)、救って助けてくれそうな感じがしますね〜まさしく現世利益の仏様です。

なぜ地蔵菩薩サマが軍神になったのかというと、ルーツは『今昔物語集』の中にある。ある武将が戦闘中、矢が尽きてしまい、氏寺に祈ったところ、小僧さんが現れて矢を与えてくれた。その後戦闘には勝利することができたが、矢を与えてくれた小僧さんは、敵方の矢に射られて消えてしまった。勝利のお礼をしに氏寺に詣でたところ、お地蔵サマの背に矢が刺さっていたというお話、ご存知だと思いますが、『矢取り地蔵』です。

勝軍地蔵を信仰した有名な武将といえば、歴史の授業でも習った有名人、武田信玄、坂上田村麻呂、足利尊氏。
征夷大将軍の将軍と勝軍。字は違えども音は同じ。いわゆる、言霊信仰!

この勝軍地蔵、『陰徳記』では「愛宕ノ将軍地蔵ノ告給フナルヘシ」と、愛宕信仰と一体のものとして考えられていたことがとれる。京都の西にある愛宕山=愛宕神社は室町時代以降から、武士の信仰と結びついて、勝軍地蔵の本地として多くの戦国大名が勧請した。今川氏は駿府に愛宕山を祀り、徳川家康も江戸に愛宕権現を勧請している。(参:くれはさんのブログを一部引用)

この地蔵院の勝軍地蔵菩薩も時代は変われども皆々様のご多幸を念じています。受験に勝つ・病に勝つ・願いはそれぞれでも勝軍地蔵がお守りしますから念じて下さい。どうぞ、お参り下さい。
『おん かぁかぁ かび さんまえい そわか』   英昭合掌

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