お地蔵さんの寺子屋だより

船橋地蔵院副住職・八千代地蔵院住職 英昭 監修

念珠

                         お念珠について

念珠(ねんじゅ)は数珠(じゅず)ともいいます。真言や念仏を唱えるとき何回唱えたかを数えるため、念珠の玉を一玉づつ操って用いていました。

念珠の玉の数は108個が基本となっています。これは、私たちの心が百八にも動き・変わり、乱れるということを表しています。人には百八の煩悩があり、念仏を唱え念珠の玉を操ることで、自分の心の乱れをととのえ、おさめましょうということです。

念珠は108玉のものはとても長くなりますので、持ちやすいように半分の54玉、またその半分の27玉、百八にちなんだ18玉など、男性・女性の手の大きさも考慮した持ちやすい玉を配してつくられています。また、どの宗派でも用いられる八宗用と各宗派別の念珠があります。

念珠はご自分の心の珠ですので、じっくりと選んでいただき、できれば子々孫々まで大切に伝えていただければと念珠の修理も承っております。どうぞ安心してお好みの念珠をお選びくださいませ。


黒檀8mm玉


                         念珠を持つ意味

人間は不完全です。失敗もしますし、迷いもします。一つも短所のない完全無欠のロックンローラー(古ッ!)の人間はいません。人間は、ダメなところがあるから謙虚になれるわけで、長所ばかりだと謙虚になる理由が無くなります。

【謙虚】を辞書で調べると、控えめで慎ましやかなさま。自分の能力・地位などにおごることなく、素直な態度で人に接するさま。とあります。自分に無いものを学ぼう、教えてもらおうとする気持ちがあればこそ「謙虚」になります。

私たちの持つ「念珠」は、そんな人間のダメな部分である「煩悩」を形にしてみせたものです。人はそれを持つことにより、自分の弱さ、欠点を再確認して「謙虚」になり、「感謝」の気持ちを持つようになるんだと思います。

ところで、あなたは「私には俄がある」「欠点がある」「偏見がある」という自覚があるでしょうか。逆に、私には偏見がない。または、偏見を無くそうという考え方が、陰湿ないじめを生み、醜い対立をつくるんです。人間は欠点があって当たり前、違う部分があって当たり前といった大らかな心が人をやさしくするんだと思います。

人と付き合うとき「半分はいやな部分が出てくる」のは当たり前。そういう覚悟で人は付き合っている。いやな部分を包み込む、理屈を越える感情が愛でしょう。愛が無ければ当然長く付き合うことは出来ません・・・。


星月菩提6mm玉

《提供・協力 佛英堂様》

テーマ:心と体にいいことはじめよう! - ジャンル:心と身体