来る、3月8日(土曜日)午前11時より春彼岸会法要を
市川地蔵院で行います。
参加は自由・無料で宗派も問いません。

昨年の秋彼岸会合同法要
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2月18日〜20日まで広島松山を巡る研修に参加した。

安芸の宮島(厳島神社の大鳥居)

大本山 大聖院
まず、羽田から広島へ飛行機で向かう。天候は晴れ、揺れもなく無事に広島空港に着く、ジャンボタクシーで移動、その後フェリーで日本三景・安芸の宮島に渡る。宮島の代表的な厳島神社を参拝し1つ目の研修地、宮島にある寺院の中で最も歴史が古い、真言宗御室派(総本山仁和寺)の
大本山大聖院へ、空海が宮島に渡り、弥山の上で修行をして開基したのが806年といいますから、大変歴史の重みを感じた。皇室との関係も深く、古くは鳥羽天皇勅命の祈願道場として、近くは明治天皇行幸の際の宿泊先になるなど、格式の高いお寺といえよう。また、


弥勒菩薩

チベット砂曼荼羅
平成18年には開創1200年祭が行われ、
ダライ・ラマ法王による、御講演や弥勒菩薩開眼法要も行われた。その大聖院にて、弥勒菩薩・チベット砂曼荼羅にてご法要を行い、諸堂参拝後、宮島『有もと』宿を取る。

瀬戸内の島々(船中にて)
翌日は、宮島から船を乗り継いで松山観光港へ、四国八十八箇所第50番繁多寺・第49浄土寺を参拝して、空港に向かう途中、英昭のみ研修を終え、松山にもう1泊する事にした。

松山城(ホテルより)


四国八十八箇所 第四十九番札所(お爺さんがいた寺)
松山は管理者 英昭の第二の故郷であり、英昭のお爺さんにあたる久太 僧名 義成が出生・出家した地である。ここに私の僧侶への道が始まったと言っても過言ではない。義成は幼少期から大学に上がるまで松山市久米の浄土寺にいた。その後、東京の
豊山大学へ進み、僧侶の道を究め、卒業後、四国には帰らず、豊山高校の教師になる。
このつづきはまた後日、記したい。
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2月13日14日青年会の研修旅行で千葉・房総のお寺『清澄寺』を参拝した。現在は日蓮宗大本山清澄寺である。しかし、このお寺の歴史はおよそ1200年あるが、その間に宗旨が2〜3転するという珍しいお寺でもある。

清澄寺の山門
このお寺が真言宗寺院であったとする証拠がこれだ!
1832年(天保3年)に行った、弘法大師一千年御遠忌に建てられた石碑である。(176年前)

清澄寺の全景

清澄寺
千光山清澄寺は、およそ1200年の昔、不思議法師と名づけられた僧侶がこの山の頂から光が発するのを見て山に分け入り、小さな
虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)の仏像を彫り、その仏像の前で21日間修行したことに始まります。その後、
天台宗比叡山延暦寺の中興の祖慈覚大師円仁師がこの地を訪れ、その仏像の前で21日間の修行をしました。それ以来、このお寺は天台宗のお寺となり、しだいに栄えてゆきました。鎌倉時代はこのお寺が最も栄えた時期で、僧坊は12、祠堂25を数えました。ところが、室町時代の後半から、たび重なる火災と戦によりお寺の衰退が始まりました。江戸時代の初め、
真言宗智山派の僧侶 頼勢法印は徳川家康公よりこの山を賜り、再興に尽力しました。幕府より十万石の格式を賜り、京都 醍醐三宝院の関東別院となったところから、寺紋は菊と五七の桐になりました。
江戸時代に再興を果たした後、明治期に入ると
廃仏棄釈により再び衰退を迎えました。大正期に日蓮聖人の銅像が完成してから、お参りの信者さんが増え、さらに真言宗智山派と日蓮宗との間で改宗の話し合いが持たれました。昭和24年にこのお寺は日蓮宗に改宗し、宗門直轄の大本山として現在に至っています。房総第一の巨刹といわれ、現在の伽藍は江戸末期の建築です。境内中央には樹齢千年以上を数える神代大杉がそびえ、国の天然記念物になっており、この寺の長い歴史を物語っています。また、杉の樹上に産卵するモリアオガエルはキヨスミミツバツツジとともに県の天然記念物に指定されています。
研修旅行に参加した仲間達(青年僧侶?)
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2月14日はバレンタインディー
恋人たちの愛の誓いの日とされ、世界各地で様々な祝い方がある。チョコレートを贈る習慣は日本で始まったものである。女性から男性へ贈るのみで反対に男性から贈ることは珍しい、という点と、贈る物が多くはチョコレートに限定されている、という点は、日本のバレンタインデーの大きな特徴・特異性である。

船橋地蔵院の六地蔵にもたくさんのチョコレートが・・・

モテモテの六地蔵尊
六地蔵
仏教の六道輪廻の思想(全ての生命は6種の世界に生まれ変わりを繰り返すとする)に基づき、六道のそれぞれを6種の地蔵が救うとする説から生まれたものである。 六地蔵の個々の名称については一定していない。地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天道の順に檀陀(だんだ)地蔵、宝珠地蔵、宝印地蔵、持地地蔵、除蓋障(じょがいしょう)地蔵、日光地蔵と称する場合と、それぞれを金剛願地蔵、金剛宝地蔵、金剛悲地蔵、金剛幢地蔵、放光王地蔵、預天賀地蔵と称する場合が多いが、文献によっては以上のいずれとも異なる名称を挙げている物もある。いずれにしても、像容のみからそれぞれの地蔵がどれに当たるかを判別することはほぼ不可能である。
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さて、何でしょうか?
沖縄の玉城さんから旬の果物が贈られて来ました。
そう、たんかんです。
『たんかん』の説明
たんかんの発祥は、時代をさかのぼること、古代中国にたどり着きます。インド・アッサム地方から渡ってきた「ポンカン」と中国最南部に自生するミカンが自然高配して生まれたのが「短桶(たんかん)」のはじまりです。
たんかんの名前の由来は、今の福建省〜広東省(中国最南部地方)で収穫される美味しいみかんを、古代中国の行商人たちが短い桶(おけ)に入れて、大陸全土に売り歩いたのが「短桶」の名前の由来です。
やがて、このたんかんは、中国最南部から海を越えて台湾に移植され、その後、奄美大島を始め南西諸島へと移植されました。沖縄県へは50数年前、故稲嶺一郎元国会議員によって中国から持ち込まれ沖縄本島北部の本部町で栽培し、北部全体に分布市況にいたっています。特に栽培の盛んな本部町伊豆見は、2・3月ごろになると県内外から、たんかん狩に訪れる人で賑わいを見せているそうです。
有難くご奉納させて頂きました。お地蔵様も喜んでおります。 合掌 英昭
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花粉も本格的に飛んでくる時期になりました。
市販の点鼻薬は鼻の中が痛くなるからという声を良く聞きます。
確かに痛いのは困ります。
僕も法要中に鼻水が垂れてきたらもうどうしょうもないです。
でも、この
スットノーズと
鼻スースーに出合ってからはそんな悩みも
これで解消されました。この時期の必需品です。でも、つけ過ぎには注意して下さいね。 英昭

お地蔵さん推薦の花粉症アイテム
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節分の3日、本州南海上の低気圧の影響で関東地方は2年ぶりの大雪に見舞われた。

雪に埋もれた地蔵院歴代先師尊霊の墓

船橋地蔵院の水子地蔵も雪化粧

お願い地蔵尊は屋根付きで快適
この大雪にも関わらず節分会という事もあり参拝者1名あり、ご苦労様です。英昭
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地蔵院節分会
年中行事の一つ節分会は船橋地蔵院本堂にて2月3日午後1時より行なわれた。2年ぶりの大雪の中、本堂に恵方巻をお供えして本堂内・庫裏内・境内で声高らかに『鬼は外・福は内』厳修した。豆まき後、お供えした恵方巻を頂き法要は終了した。
節分というのは、特に立春が1年の初めと考えられることから春の節分が最も重視されており、一般には単に「節分」といえば春の節分を指すものとなっています。これは立春を新年と考えれば大晦日に相当する訳で、そのため前年の邪気を全て祓ってしまうための行事が「節分会豆まき」です。ついこの間、お正月を迎えてカレンダー上では新年を迎えましたが、暦の上ではこの節分を年変わりの日として考えます。

地蔵院の恵方巻(英昭の母の味)
恵方巻、恵方巻き(えほうまき)は、節分に関西地方で多く食べられる太巻き寿司。起源には色々な説があるが、その一つが大阪・船場で行われていた「丸かぶりすし」が起源となって広がったと言われ、商売繁盛、無病息災、願い事が叶う、その年必ず幸運が訪れる、厄落とし等の意味を持つとされる。
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お地蔵さん推薦の花粉用マスク
マスクも色々試しましたが、これはかなり有効です。(個人差はあるでしょう。)
この季節、お墓の前での法事など本当に辛いのですが、拝んでいる間を除き、
ずっとしています。外出時の必需品です。
30枚入り1890円(1ヶ63円)、市販の格安1ヶ16円には叶いませんが、気
休めでも効くものでないと後が大変です。このナノブロックカフンカットマスク!
超おススメ♪ 英昭
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